Levitating
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Levitating - Dua Lipa (2020)
TL;DR: 2020年、世界がロックダウンで停止した瞬間に、Dua Lipaは「踊ること」を最も真剣な政治的・実存的行為として再定義した。"Levitating"は、ディスコの黄金時代のグルーヴを2020年代の孤独に向けて差し出した「希望のキャプセル」であり、ポップが現実逃避ではなく現実への抵抗になり得ることを証明した一曲である。
Hook — なぜこの曲が重要なのか
2020年3月、世界は同時に止まった。クラブは閉じ、コンサート会場はゴーストタウンと化し、ダンスフロアは家庭のリビングに縮小した。その同じ月、Dua Lipaはセカンドアルバム『Future Nostalgia』をリリースした。本来、彼女と所属レーベルは延期を真剣に検討していたという。しかし、リーク事件と本人の判断によって、アルバムは予定通り、いや、むしろ前倒し気味に世界に放たれた。結果として、ロックダウン下の世界に投下されたこの作品は、皮肉にも「家のなかで踊るための音楽」として消費されることになる。
そのアルバムの中核に位置していたのが"Levitating"である。70年代後半のディスコ、80年代初頭のブギー、そしてニュー・ジャック・スウィングの記憶を、2020年代のクリーンなプロダクションで磨き直したこの曲は、リリース直後よりもむしろ、TikTokを介して数か月をかけてゆっくりと世界を侵食していった。Billboard Hot 100に77週間留まり続け、2021年の年間チャート1位を獲得したという事実は、単なるヒットの記録というより、ある時代精神の温度計のような意味を持つ。誰もが地に足のつかない宙吊りの感覚で日々を過ごしていた時期に、「浮遊する」という動詞を主題にした曲が世界の主題歌になった——この符合は偶然以上のものを含んでいる。
Background — Dua Lipaという現象と『Future Nostalgia』の戦略
Dua Lipaは1995年、ロンドンで生まれた。両親はコソボ出身のアルバニア系で、ユーゴスラビア紛争を逃れて英国へ渡った移民である。父親のドゥクラジン・リパは元ロックバンドのフロントマンであり、家庭にはいつも音楽があった。コソボ独立後、一家は一時的にプリシュティナへ戻り、ドゥアは思春期をバルカン半島で過ごしている。15歳でモデルになる夢を捨て、単身ロンドンに戻って学校に通い、Topshopでアルバイトをしながら歌の道を模索した——この「2か国にまたがる根無し草の少女」という来歴は、後のキャリアの随所に翳のような形で滲み出てくる。
2017年のデビュー作『Dua Lipa』はトロピカルハウス全盛期のテンプレートに乗った作品で、彼女は「ストリーミング時代のポップアイコン」の一人として消費されかけていた。しかし、彼女自身がそのポジションに自覚的に違和感を持ち、第二作で大胆な賭けに出る。レコード会社からは「もっと現代的なトラップ寄りのR&B」を求められたが、彼女は逆方向を選択した。Chic、Olivia Newton-John、Madonna、Blondie、Jamiroquai——70年代後半から80年代のディスコ/ポップを意識的に呼び出し、それを2020年の解像度で再構築する。これが『Future Nostalgia』というタイトルが宣言する美学である。「未来のノスタルジア」とは、まだ起きていない出来事をすでに懐かしむという、奇妙にプルースト的な時間感覚であり、コロナ禍下の世界が無意識に求めていた感情の形でもあった。
"Levitating"のプロデュースを担当したのはStuart Price——Madonnaの『Confessions on a Dance Floor』(2005)でディスコリバイバルを成功させた立役者である。共作にはClarence Coffee Jr.、Sarah Hudson、そしてDua Lipa本人が名を連ねる。サウンドの中核にあるのは、Sister Sledge "We Are Family"を想起させる弾むベースライン、Cher "Believe"以降のポップに継承されたヴォコーダー風の声処理、そしてMichael Jackson "Don't Stop 'Til You Get Enough"のリズム感である。引用元は明白だが、模倣ではない。「過去の素材を未来から借りてきた装置で再生する」——この時間軸の倒錯こそが、曲の核心にある。
Real meaning — 「浮遊」という比喩のレイヤー
表面的には、"Levitating"はラブソングである。あなたといるとき、私は重力から自由になる——そういう、ポップ・ミュージックが何百回となく繰り返してきた比喩である。しかし、この曲が2020年から2021年にかけて世界を席巻した理由は、その表面の下に重なった複数のレイヤーにある。
第一のレイヤーは、宇宙旅行というイメージの戦略的な使用だ。歌詞の世界では、恋人と一緒に銀河を旅する。これは単なるロマンチックな誇張ではなく、その2020年前後のポップカルチャー全般を覆っていたスペース・モチーフ——SpaceXのドラゴン宇宙船が民間人を軌道に乗せ、火星移住の議論が大衆化し、テクノロジーが「重力からの解放」を約束していた時代の集合的無意識——への接続である。Dua Lipaは70年代のディスコがそうしていたように、現実の閉塞からの脱出装置として宇宙を召喚した。Donna Summerが"I Feel Love"で電子音とともに上昇したように、Earth, Wind & Fireが宇宙船のカバーアートを掲げたように、ディスコは常に「ここではないどこか」を発明する音楽だった。
第二のレイヤーは、ロックダウン下における身体性の回復である。コロナ禍は、人々の身体を椅子に縛りつけた。リモートワーク、Zoom会議、ソファでのNetflix。身体が動かない生活の中で、"Levitating"は——その曲名が約束する通り——「身体が地面から離れる感覚」を音響的に提供した。TikTokでこの曲が爆発的に拡散した理由の一つは、踊らずにいられないBPM(103)と、誰でも真似できる単純なダンス・ループにあった。COVID-19のパンデミックが「Dance Challenge」というジャンルを文化現象に押し上げたのは偶然ではない。動けない世界で、SNS上だけが許されたダンスフロアだった。
第三のレイヤー、そして最も重要なものは、ディスコというジャンル自体が持つ歴史的な抵抗の記憶である。1970年代のディスコは、ニューヨークやフィラデルフィアの黒人、ラティーノ、ゲイ・コミュニティが生み出したアンダーグラウンド文化だった。1979年のシカゴで起きた「Disco Demolition Night」——白人ロックファンによるディスコレコードの大量破壊事件——は、ディスコへの反発が人種・性的指向への偏見と分かちがたく結びついていたことを示す事件として記憶されている。"Levitating"がディスコの語彙で書かれているという事実は、それ自体が一つの政治的な選択だ。マイノリティたちが「踊ることで生き延びる」ために発明した音楽を、コソボ系移民の娘である女性アーティストが2020年代に蘇生する——この系譜の継承は、曲が無自覚に成立しているのではなく、深く意識的なものだ。
Cultural context for Japanese readers — 日本のリスナーへの補助線
"Levitating"を日本の文脈で聴くとき、いくつかの興味深い参照線が引ける。
まず、武道館。日本においてポップ・スターの「到達点」とされ続けてきたこの空間は、Dua Lipa自身もFuture Nostalgia Tourで2023年にステージに立った場所だ。Beatlesから始まり、Queen、Eric Clapton、Cherといった「ディスコ/ロック以降のグローバル・スター」たちが通過してきた武道館の系譜の中に、彼女の名前が加わったことの意味は小さくない。武道館という建築は本来、武道のための施設として1964年の東京オリンピックに合わせて建てられたが、いまや「グローバルな大衆音楽の通過点」として機能している。"Levitating"の浮遊感は、この建築のドーム型天井とよく似合う。
次に、軽井沢万平ホテル。明治27年創業のこのクラシックホテルは、John Lennonが滞在し、避暑地としてのリトリート文化を体現してきた。"Levitating"が描く「日常からの離脱」のモチーフは、軽井沢の歴史的な機能——東京の喧騒から「浮上」する場所——と奇妙に響き合う。70年代の日本のシティポップが、ホテルやリゾートを舞台に「逃避としてのグルーヴ」を描いたのと同じ系譜である。
渋谷タワーレコード。Dua Lipaの『Future Nostalgia』は日本盤も発売されたが、その購入体験の中心地は依然として渋谷である。「No Music, No Life」というキャッチコピーが象徴するように、日本のフィジカル・メディア文化はストリーミング時代以降も独自に生き残った。2020年のロックダウン期、東京のタワレコの店頭で本作が並んでいた光景は、グローバル・ポップが「家でしか聴けない音楽」と「店頭で出会う音楽」の両方として同時に存在し得たことの記録でもある。
そして、桑田佳祐と矢沢永吉。一見すると遠い参照に見えるかもしれないが、彼ら日本のロック/ポップの長老格は、Dua Lipaが『Future Nostalgia』で実践したのと同じ戦略——「自分が育った時代の音楽を、いまの解像度で再演する」——を、それぞれの仕方で繰り返してきた人物たちだ。桑田佳祐がサザンオールスターズで日本の歌謡曲と洋楽ロックの接合点を発明し続けてきたこと、矢沢永吉がキャロル時代の50年代ロックンロールを80年代以降も自分のショーマンシップで蘇生し続けてきたこと——これらはすべて、ポップ・ミュージックにおける「未来のノスタルジア」の実践例である。Dua Lipaがディスコを召喚する手つきは、桑田や矢沢が彼らの「失われたジャンル」を呼び戻す手つきと、構造的には同じものだ。
Why it resonates today — いまなお響く理由
"Levitating"がリリースから数年経っても古びないのは、それが「特定の時代のサウンドトラック」であると同時に「時代を超えた感情のテンプレート」だからである。
ロックダウンが終わり、人々がふたたび物理的にダンスフロアへ戻った2022年以降も、この曲はクラブで、結婚式で、スーパーの店内BGMで鳴り続けている。それは、本作が「コロナ禍の曲」というラベリングを超えて、もっと汎用的な「重さからの一時的な解放」の比喩として機能しているからだ。気候変動、戦争、インフレ、AI不安——2020年代の生活は、ロックダウンの後にもさまざまな重力を発明してきた。"Levitating"はそのたびに、ほんの3分半のあいだだけ、それらの重さを忘れさせてくれる。
同時に、この曲は2020年代のポップが「ノスタルジア・エコノミー」に深く組み込まれていることの象徴でもある。Olivia Rodrigoの90年代ポップパンク参照、The Weekndの80年代シンセウェイブ、Harry Stylesの70年代ロック・リバイバル——いずれも『Future Nostalgia』と同じ時間軸の倒錯を共有している。批評家のサイモン・レイノルズが『Retromania』(2011)で警告した「ポップが未来を発明することをやめて過去を再循環させ続ける状態」は、いまや終わるどころか、ジャンルの公式言語になった。"Levitating"はその到達点であり、同時に「過去をどう扱うか」の最も洗練された実例でもある。
最後に——おそらく最も大切なこと——この曲はリスナーに笑顔を返してくれる。ポップ・ミュージックの最も古く、最も誇り高い機能、すなわち「人を一時的に幸せにする」という機能を、過剰な皮肉も自己反省もなく、堂々と果たしている。2020年代のシリアスな時代において、こうした躊躇のない多幸感そのものが、一種の文化的な抵抗になっている。
深く楽しむには / How to dive deeper
"Levitating"の浮遊感をより立体的に味わうための、音と文字と場所の手引きを以下に紹介する。
🎧 音に浸る
Future Nostalgia (Dua Lipa) 本作のフルアルバム。"Don't Start Now"から"Physical"、"Hallucinate"まで、ディスコ/ブギーの再構築が一貫した美学で貫かれている。アルバム単位で聴くと、"Levitating"がコンセプトの中で果たす役割がより明確になる。 → Search
Confessions on a Dance Floor (Madonna) 2005年の本作は、"Levitating"のプロデューサーStuart Priceが手がけたディスコ・リバイバルの先駆。"Hung Up"のABBAサンプリングをはじめ、過去の素材を未来から呼び戻す技法のオリジナルがここにある。 → Search
📚 物語を辿る
Retromania: Pop Culture's Addiction to Its Own Past (Simon Reynolds) ポップ音楽がなぜ過去の再循環を続けるのか、その文化的・経済的構造を解き明かした名著。『Future Nostalgia』というタイトルの背景理論を理解するための必読書である。 → Search
Turn the Beat Around: The Secret History of Disco (Peter Shapiro) 1970年代のディスコがいかにマイノリティ・コミュニティの抵抗文化として始まり、商業化され、バックラッシュを受けたかを描く決定版。"Levitating"が継承している系譜の起源を知るための一冊。 → Search
🌍 ゆかりの場所
プリシュティナ (コソボ) Dua Lipaがティーンエイジャー時代を過ごした街。Sunny Hill Festivalというフェスを彼女自身が主催しており、近年は若いアーティストの登竜門として国際的に注目されている。バルカン半島の混沌と若い活気が同居する独特の街で、移民の娘がポップアイコンへと飛翔していった原点を体感できる。夏の開催に合わせて訪れるのが最良。 → Travel guide
Studio 54跡地 (ニューヨーク, アメリカ) 1977年〜81年に伝説的なディスコが営業していたマンハッタンのWest 54丁目。現在はブロードウェイの劇場として使われているが、外観は当時の面影を残す。"Levitating"が呼び出しているディスコの祝祭空間の物理的な原点。近隣のMoMAやBroadway劇場街と組み合わせた半日コースが組みやすい。 → Travel guide
🎸 自分でも体験する
Roland TR-8S リズムマシン "Levitating"の弾むビートは、TR-808系のクラシックなディスコ/ブギーのドラムパターンを下敷きにしている。このマシンがあれば、自分の手で4つ打ちのキックとハイハットを組み立て、ディスコの基本構造を体感できる。 → Search
Future Nostalgia ピアノ/ボーカル楽譜 "Levitating"を含むアルバム全曲のピアノ・アレンジ譜。コード進行を辿るだけでも、ディスコがいかに「シンプルな循環の上に煌めきを乗せる」音楽かが見えてくる。 → Search
🤖 AIとさらに探究するための問い:
- "Levitating"のディスコ・リバイバルと、シティポップ再評価(竹内まりや、山下達郎)の世界的ブームには、どんな共通する文化的メカニズムがあるだろうか?
- ロックダウン期に大ヒットしたポップ曲("Levitating"、"Blinding Lights"、"Watermelon Sugar"など)に共通する音楽的・歌詞的特徴を分析すると、何が見えてくるか?
- Dua Lipaの移民としての来歴は、彼女の音楽選択(ディスコ=マイノリティ起源のジャンルへの傾倒)にどのような無意識的影響を与えていると考えられるか?