SONGFABLE · 1979

Highway to Hell

AC/DC · 1979

一行で言うと: 悪魔崇拝の歌ではない。長距離ツアーで疲弊しきったロックバンドが「俺たちの生活、まるで地獄行きハイウェイだな」と自嘲した、現場感丸出しの労働歌である。

この曲は、悪魔の歌ではない。ツアーバンドの愚痴である。

"Highway to Hell"——タイトルだけ見て、教会の保護者団体は本気で怒った。1980年代、アメリカのキリスト教保守層はAC/DCを「ANTI-CHRIST / DEVIL'S CHILD」の略だと言い出し、レコードを焼くキャンペーンまで起きた。

ところが当のBon Scott(ボーカル/作詞)の意図はまったく違う。彼が言いたかったのは、もっと身も蓋もない話だ——「俺たちは年中ツアーで移動してて、もう地獄に向かう高速道路を走ってるようなもんだ」。実際この曲は、オーストラリアからイギリス、アメリカへと延々と続くツアー生活の疲労と高揚を、そのまま歌詞にしただけのものだった。

Bon Scott自身がインタビューで語っている。「ハイウェイ・トゥ・ヘル」とは、彼らが当時走り回っていたツアーバスの中の景色、ホテルとライブハウスを往復する終わりのないルーティン、そして、それでも降りたくない人生のことだった。

Bon Scottという男

Bon Scottは1946年スコットランド生まれ、6歳で家族と共にオーストラリア・パースに移住した。少年期から喧嘩っ早く、少年院送りになった過去もある。トラックの運転手、肥料工場の労働者、郵便配達員——いくつもの肉体労働を経て、地元のバンドを転々とした末に、1974年、すでに兄弟ユニットとして動いていたMalcolmとAngus YoungのAC/DCに加入した。

彼の声には、労働者の声があった。シャワーで歌うときの高すぎる裏声、酒場で叫ぶときの嗄れ声、そのどちらも持っていた。Angus Youngは後年、「Bonは僕らに、ロックンロールは大学で習うものじゃない、と教えてくれた」と言っている。

『Highway to Hell』は1979年7月にリリースされた、AC/DCの6枚目のスタジオアルバム。プロデューサーはRobert John "Mutt" Lange。それまでの泥臭いオージーパブロック路線から、より洗練されたグローバル仕様のサウンドへと舵を切った決定的な作品だった。タイトル曲はバンド初の全米トップ20入り(17位)を果たし、世界的ブレイクの引き金になった。

しかし、その栄光の直後、悲劇が起きる。アルバムから5ヶ月後の1980年2月19日、Bon Scottはロンドンで友人の車内で泥酔したまま眠り込み、嘔吐物による窒息で死亡した。33歳。「Highway to Hell」というタイトルは、本人の意図とは別に、不気味な予言として刻まれてしまうことになる。

だから歌詞は、移動する男の独白でできている

冒頭、語り手は宣言する——俺はストップサインなんて気にしない、スピード制限も無視する、誰も俺を止められない、と。これは反抗の宣言というより、ツアーバンドが守れない交通ルールへの開き直りだ。明日のライブ会場に間に合わせるためには、夜通し走るしかない。

そしてサビで、彼は曲のタイトルを叫ぶ。地獄行きのハイウェイを走っている、と。でもここに、彼独特のニュアンスが乗る——嫌々走っているわけじゃない。むしろ、降りる気もない。友人たちもみんな同じ道にいる。バンドメンバー、ローディー、酒場で出会った仲間たち、全員がこのハイウェイの上にいる。

2番では、彼は「地獄に着いたら俺はそこで王様だ」というような豪語をする。これは悪魔崇拝の宣誓ではなく、**「天国の退屈なパーティーよりも、地獄の方が俺の仲間が多い」**という、酒飲みの居直りの台詞だ。ロック界の古典的なジョーク——天国にはMother Teresaがいるが、地獄にはJimi HendrixとJanis Joplinがいる、どっちで飲みたい?——の系譜にある。

一番ヤバいのは、Angus Youngのリフ

Bon Scottの歌詞論争の陰で見落とされがちなのが、Angus Youngが書いたあのオープニング・リフだ。A→D→G→D——ブルースの基本形を、極限までシンプルに削ぎ落とした4つのコード。これ以上引けない、というラインまで音数を減らした上で、グルーヴだけで成立させている。

Angus自身が後に語っているのは、「複雑なことをやらない、という決断こそが最も難しい」ということ。Mutt Langeはこのリフを聴いて「これだ、この4小節を世界に届ける」と確信したという。1979年のロックは、プログレやディスコの装飾過剰な時代だった。その真ん中に、半ズボンの制服を着た32歳の男(Angus)が、ブルースの原型を投げ込んだ。これがHighway to Hellの本当の革命だった。

1979年という年

1979年は、ロックの転換点だった。Pink Floydの『The Wall』、Led Zeppelinの『In Through the Out Door』、The Clashの『London Calling』——プログレ、ハードロック、パンクが同時に頂点と転換を迎えた年。そしてAC/DCは、その全部を一度押し流し、**「ロックとはギター3つとドラムと叫び声でいい」**という原理主義を世界に思い出させた。

同年、サザンロックの代表格Lynyrd Skynyrdが飛行機事故で実質解散していた。アメリカのロックが沈み込む中、オーストラリアからやってきた泥臭いブルース・バンドが、その空席を埋めた。1980年代以降のGuns N' Roses、Metallica、そして90年代のGrunge勢まで、ほぼ全員がAC/DCを「原点」と呼ぶようになる。

日本のリスナーへ——矢沢永吉とAC/DCの不思議な共鳴

日本のロックファンには、ここで一つだけ言いたいことがある。矢沢永吉だ。

AC/DCのBon Scottが1974年にバンドに加入したまさにその年、矢沢永吉率いるキャロルは武道館で解散ライブをやっていた。Bon Scottが「労働者の声」でロックを叫んだのと同じ時期、矢沢は横浜の不良少年から成り上がろうとしていた。「成り上がり」という日本語と、Highway to Hellの精神は、ほとんど同じものを指している。どちらも、降りる選択肢のない高速道路を、最高速で走る男の物語だ。

実際、AC/DCは1981年から幾度も来日し、日本武道館・横浜アリーナ・東京ドームと、日本の聖地と呼べる会場を全て制覇している。特に2010年のBlack Iceツアー東京ドーム公演は、Brian Johnson時代の最後の大規模来日として、日本のロックファンの記憶に焼き付いている。

そしてもう一つ、忘れてはいけないのが桑田佳祐だ。サザンオールスターズの楽曲群、特に初期の泥臭いブルースナンバーには、AC/DCの影響が色濃く出ている。桑田はインタビューで何度もAC/DCへの敬意を口にしている。「ロックは難しく考えるもんじゃない」——その思想を日本に翻訳したのが桑田だった、と言えるかもしれない。

そして、もう少し若い世代では、B'zの松本孝弘もAngus Youngを公然と師と仰ぐギタリストだ。B'zの「ultra soul」や「ねがい」のようなギターリフの作り方は、Angusの「削ぎ落とす美学」を日本式に翻訳したものとも言える。日本のJ-ROCK主流に、AC/DCの影は思っているよりずっと深く刻まれている。

なぜ今もこの曲が聴かれるのか

リリースから47年。Highway to Hellは、ロック史上もっとも再生されている曲の一つであり続けている。スポーツ会場の入場曲、映画のオープニング、CM、結婚式の入場曲(!)——ありとあらゆる場面で鳴り続けている。

なぜか。それは、この曲が**「降りられない人生」を肯定する数少ない曲だからだ。多くのロックは「逃げろ」「自由になれ」と歌う。だがHighway to Hellは違う。「俺は降りない、なぜならこのハイウェイの上に仲間がいるから」**と歌う。

サラリーマンの月曜の朝、起業家の資金繰り、シングルマザーの夜勤、医師の連続当直——「地獄行きのハイウェイ」を走っている自覚を持つ全ての人にとって、この曲は呪いではなく応援歌になる。Bon Scottは33歳で本当にそのハイウェイの終点に着いてしまったが、彼が残したのは絶望ではなく、「途中の景色が最高だった」という証言だった。

それが、47年経った今もこの曲が止まらない理由だ。


この曲をもっと深く楽しむには

Highway to Hellの世界——70年代末オーストラリア、Bon Scottの嗄れた声、Angusのシンプル極まるリフ——その全部を、もう少しだけ味わい尽くす方法を集めました。

🎧 音に浸る

アルバム『Highway to Hell』(AC/DC) タイトル曲を含む全10曲、Bon Scott時代の最高傑作にして遺作。"Girls Got Rhythm"、"Touch Too Much"、"If You Want Blood (You've Got It)"などBon時代の真髄が詰まっている。1枚はLPで持っておきたいロックの基礎教養。 → Amazonで探す

ベスト盤『Iron Man 2』サウンドトラック / 『Back in Black』 Bon Scott死後のBrian Johnson時代の代表作『Back in Black』も合わせて聴くと、AC/DCというバンドの「変わったこと」と「変わらなかったこと」が見えてくる。 → Amazonで探す

📚 物語を辿る

書籍『Bon: The Last Highway』(Jesse Fink) Bon Scottの最後の数年を徹底取材した決定版伝記。彼が本当はどんな男だったか、そしてあの夜何が起きたのか。陰謀論ではなく一次資料に基づいた誠実な仕事。 → Amazonで探す

書籍『AC/DC: Maximum Rock & Roll』(Murray Engleheart) バンド公認に近い形で書かれた全史。オーストラリア時代の生々しいエピソードが豊富。AC/DC本のスタンダード。 → Amazonで探す

ドキュメンタリー『Let There Be Rock』(Blu-ray/DVD) 1979年のパリ公演を収めた、Bon Scott存命時の貴重な映像作品。Highway to Hellの当時のライブ演奏が観られる唯一の正規ソース。 → Amazonで探す

🌍 ゆかりの場所を訪ねる

Fremantle, Western Australia(フリーマントル) Bon Scottが少年時代を過ごし、今も眠るオーストラリア西海岸の港町。フリーマントル墓地のBon Scottの墓は、世界中のロックファンが巡礼する聖地。市内中心部にはBon Scottの銅像も立っている。パース観光のついでに必ず立ち寄りたい。 → パース・西オーストラリア 旅行ガイド

Sydney, Australia(シドニー) AC/DCがバンドとして本格始動し、初期の名盤を録音したAlbert Studios(現存)がある街。King's Crossの古いパブを巡れば、70年代オージーパブロックの空気がまだ残っている。 → シドニー 旅行ガイド

日本武道館(東京) 矢沢永吉のキャロル解散ライブ(1975)、Bon ScottがAC/DCで初来日した1981年のステージ、その両方を見てきた日本ロック史の聖地。「成り上がり」と「Highway to Hell」、同じ熱量の音が鳴った場所。北の丸公園散策と合わせて、ロックファンならいつか巡礼すべき。 → 日本武道館 ロック史ガイド本矢沢永吉 成り上がり

🎸 自分でも体験する

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