SONGFABLE · 1999

I Want It That Way

BACKSTREET BOYS · 1999

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I Want It That Way - Backstreet Boys (1999)

1999年、世紀末の不安をきらめくハーモニーで包み込んだ、ボーイバンド史上最も完璧で最も意味不明な失恋ソング。歌詞の文法的矛盾は批評家を苦しめたが、それこそが世界が求めた「完璧さ」の正体だった。ポップミュージックが「意味」よりも「響き」を選んだ瞬間として、今も再評価され続けている。

Hook

最初の2小節のアコースティック・ギターが鳴った瞬間、空気の質が変わる。1999年5月にリリースされたこの曲は、世界中のラジオ局で同時多発的に流れ始め、その年の夏には誰もが口ずさめる「呪文」になっていた。ブライアン・リトレルの抑制されたヴァースから、5人の声が重なる宙吊りのコーラスへ。あのフックを聴いたことがない人を探すほうが難しい時代がたしかにあった。

奇妙なのは、この曲が何を歌っているのか、誰もきちんと説明できないことだ。「君がそう望むから」と歌っているのか、それとも「僕がそう望んでいる」のか。「君は僕の心の痛み」と告げた直後に「これでいい」と肯定する語り手は、恋人と別れたいのか、戻りたいのか。聴き手が増えるほど、解釈はばらばらに散っていった。それでも、いや、だからこそ、この曲は世界中で売れた。1999年のグラミー賞では Record of the Year、Song of the Year、Album of the Year の主要3部門にノミネートされ、ボーイバンドの楽曲としては前代未聞の格上げを果たす。批評家は困惑し、リスナーは熱狂した。Pitchfork が後年「史上最高のボーイバンド・ソング」と評したのも、この矛盾の重力ゆえだった。

Background

バックストリート・ボーイズという現象を理解するには、まずフロリダ州オーランドという街の特異性を思い出す必要がある。1990年代前半、ディズニーワールドのテーマパーク歌手やステージダンサーの供給地として機能していたこの街には、若くて声が出てルックスのいい人材が集積していた。そこに目をつけたのが、ルー・パールマンというビジネスマンである。航空機チャーター業で財を成した彼は、New Kids on the Block の成功を目撃して「アメリカ版ボーイバンド帝国」を作ろうと決意し、1993年にBSBを結成する。

皮肉なことに、グループはまずアメリカではなくヨーロッパで爆発した。1996年のセルフタイトル盤はドイツ、カナダ、東南アジア、そして日本で先行ヒットし、母国アメリカで本格的にチャートを動かし始めたのは1997年の『Backstreet's Back』以降だった。「I Want It That Way」が収録された3rdアルバム『Millennium』(1999) は、リリース初週で米国だけで117万枚を売り上げ、当時のサウンドスキャン史上最速の記録を打ち立てる。

楽曲を書いたのは、スウェーデン・ストックホルムのスタジオ「Cheiron Studios」で活動していた Max Martin と Andreas Carlsson。スウェディッシュ・ポップの黄金期を作った Cheiron は、ABBAの遺伝子を受け継ぎながら、米国R&Bのリズム感とユーロディスコのメロディ感覚を融合させる独自の方法論を確立していた。Max Martin は後に Britney Spears、NSYNC、Taylor Swift、The Weeknd を手がけることになるが、「I Want It That Way」は彼のキャリアにおいて最初の「完璧な作品」と呼ばれる楽曲である。

興味深いのは、現在世界中で愛されているバージョンは、実は「2番目の歌詞」だということだ。最初に書かれたヴァージョンの歌詞は意味が通っており、語り手と相手の関係性も明確だった。だがプロデュースの最終段階で、Max Martin の判断により歌詞は「音の響き」を優先して書き換えられた。母音の並び、子音の硬さ、息継ぎの位置——これらを物語性よりも優先した結果、文法的にはやや破綻した、しかし口にしたときに気持ちのいい歌詞が生まれた。これは Cheiron が「メロディック・マスマティクス(旋律的算術)」と呼んでいた手法の極北である。

Real meaning

歌詞を一行ずつ分解すると、この曲は奇妙な構造をしている。語り手は相手を「My fire(情熱)」「My one desire(唯一の願い)」と呼ぶが、同時に「heartache(心の痛み)」とも呼ぶ。そして「Ain't nothin' but a mistake(ただの過ちでしかない)」と告げた直後に、「I never wanna hear you say / I want it that way(君にそう言ってほしくない)」と続ける。一見すると、別れを告げているのか、別れを拒絶しているのか、判別できない。

ソングライターの Andreas Carlsson は後年のインタビューで、この歌詞の曖昧さを意図的だと認めている。「僕らは『誰でも自分の物語を投影できる歌』を作ろうとしていた。具体的な状況を描いてしまうと、聴き手は『これは自分の話じゃない』と感じてしまう。だから、感情の温度だけを残し、文脈を空白にした」。これは映画における「マクガフィン」の手法に近い。重要なのは内容ではなく、それをめぐって登場人物が動く事実そのものだ。

ポップ研究者の Nadine Hubbs は、「I Want It That Way」を「ポストモダン・ポップの記念碑」と呼ぶ。意味の固定を拒絶し、響きと感情だけで成立する楽曲は、20世紀末という時代の鏡像だった。冷戦が終わり、ベルリンの壁が崩れ、インターネットが普及し始め、価値観の単一性が崩壊していくなかで、「みんなが同じ意味で泣ける歌」を作ることはもはや不可能になっていた。代わりに登場したのが、「みんながそれぞれ違う意味で泣ける歌」である。

さらに音楽理論的に見ると、この曲の魔法はコード進行にある。キーは A♭メジャー、ヴァースは Fmin → Cmin/E♭ → D♭maj7 という比較的標準的な進行を辿るが、コーラスに入る直前のブリッジ部分で、不意に長調と短調のあいだで宙吊りになる瞬間がある。「Tell me why」の繰り返しが、それぞれ異なるコードの上で歌われることで、同じ言葉が問いから祈りへ、祈りから諦めへと変化していく。これは作曲家 Burt Bacharach がよく使った手法を、Max Martin がポップR&Bの文脈で再発明したものだ。

Cultural context for Japanese readers

1999年5月、日本のオリコン洋楽チャートで「I Want It That Way」は8週連続1位を記録した。バックストリート・ボーイズは1998年と1999年に来日し、後楽園球場の隣に立つ東京ドームで5万人規模の公演を行っている。一般的に「ロックの聖地」として語られる武道館を、BSBはあえて選ばなかった。武道館はキャパシティ的に「すでに小さすぎる」場所だったからである。これはボーイバンド現象が日本でも欧米と同じ強度で受け入れられていたことの証左だ。

渋谷タワーレコードでは、『Millennium』の発売日に深夜販売が行われ、徹夜組が宇田川町の路上に列を作った。日本のJ-POP史において、これは興味深い相対化を生む。同じ1999年、宇多田ヒカルの『First Love』が765万枚を売り上げ、椎名林檎の『無罪モラトリアム』がリリースされ、桑田佳祐がサザンオールスターズで「TSUNAMI」をレコーディングしていた時期である。日本のリスナーは「歌詞に意味のある邦楽」と「響きの完璧な洋楽」を、同じ熱量で同時に消費していた。これは矢沢永吉が1970年代に「ロックは意味じゃなくて態度だ」と言い切った系譜とも繋がる、独特の音楽受容の形である。

軽井沢万平ホテルのバー「ザ・メインバー」では、1999年から2000年にかけての年末、BGMとして「I Want It That Way」が頻繁にかかっていたという証言がある。クラシックホテルの落ち着いた木の内装と、世紀末ポップの完璧な甘さ。この組み合わせは、当時の日本における「上質な不安」の空気を象徴していた。バブル崩壊後の長い停滞のなかで、人々は「美しいが意味の薄いもの」に強く惹かれていた。村上春樹が『スプートニクの恋人』を出版したのも同じ1999年であり、不在と曖昧さをめぐる物語が広く読まれた時代である。

桑田佳祐は2000年代のラジオ番組で、「最近のアメリカのボーイバンドはコーラスの作り方が異常に上手い。あれはビーチ・ボーイズの遺伝子だな」と語っている。実際、Max Martin はブライアン・ウィルソンの和声理論を熱心に研究したことで知られており、「I Want It That Way」のコーラスにおける5声のヴォイシングは『Pet Sounds』の影響下にある。日本のリスナーが何となく「懐かしい」と感じる感覚の正体は、この60年代カリフォルニア・ポップへの隠れた回帰だった。

また、この曲は日本の結婚式の二次会BGMとして、2000年代を通じて定番化していった。歌詞の意味が曖昧であるがゆえに、「あなたが望むようにしたい」というロマンチックな解釈が日本語話者のあいだで広まりやすく、原語の文法的矛盾は気にされなかった。これは日本における洋楽受容の伝統的なパターンでもある。ビートルズが「Let It Be」を「あるがままに」と訳されたとき、原曲のキリスト教的含意(聖母マリアの「let it be」)は脱色され、より普遍的な人生賛歌として受け入れられた。「I Want It That Way」も同様に、日本では「優しい恋の歌」として再翻訳された。

Why it resonates today

2020年代に入って、「I Want It That Way」は再評価のフェーズに入っている。TikTokでは、Z世代がこの曲のコーラス部分を「祖父母から教わったポップソング」として共有し、Spotifyの統計によれば、1999年生まれ以降のリスナーによる再生回数が、リリース当時の同世代の再生回数を上回っているという。

理由のひとつは、「文脈に依存しない感情の純度」がストリーミング時代と相性が良いからだ。プレイリスト文化のなかでは、楽曲は前後の物語から切り離されて消費される。歌詞の意味よりも、最初の10秒のフックと、コーラスのカタルシスがすべてを決定する。「I Want It That Way」は、まさにそのような消費形態を1999年に先取りしていた楽曲だった。Max Martin が直感的に達成した「文脈の蒸発」は、25年後のアルゴリズム時代に完全な形で報われている。

もうひとつの理由は、現代のポップが再び「響きの曲」に回帰しているからだ。Billie Eilish、Olivia Rodrigo、SZA といった2020年代のアーティストの楽曲は、明確な物語よりも、特定の感情の質感を捉えることに重きを置いている。これは「I Want It That Way」が25年前に提示した方法論の延長線上にある。Pitchfork のレビュアー Jamieson Cox は2018年のリトロスペクティブで、「この曲は感情の3D写真である。意味は二の次で、立体感だけが残る」と書いた。

さらに、コロナ禍以降の音楽消費において、「明るく完璧で、しかしどこか寂しい」楽曲への需要が高まっている。「I Want It That Way」のコーラスに込められた、勝利の旋律の裏側にある喪失感は、パンデミック後の世代にとって不思議なほど親密に響くようだ。Aeon Magazine に掲載されたエッセイで、文化批評家 Agnes Callard は「ボーイバンドの歌が含む憂鬱は、現代の若者にとって最初の哲学的経験になりうる」と論じている。「I Want It That Way」はその典型例である。完璧に磨かれた表面の下に、誰にも届かない呼びかけが沈んでいる。そして人は、その届かなさにこそ、自分の人生を重ねるのだ。

深く楽しむには

🎧 音に浸る

Millennium (Backstreet Boys) 「I Want It That Way」を生んだアルバム本体。Max Martinが手掛けたボーイバンド・ポップの完成形であり、Larger Than Life、Show Me the Meaning of Being Lonely 等の名曲が並ぶ。 → Search

Oops!... I Did It Again (Britney Spears) 同じMax Martin/Cheiron Studiosのプロダクション哲学が、よりR&B寄りに展開された姉妹作。スウェディッシュ・ポップ黄金期の方法論を理解するための必聴盤。 → Search

📚 物語を辿る

The Song Machine: Inside the Hit Factory (John Seabrook) Max MartinとCheiron Studiosがいかにして現代ポップの公式を発明したかを徹底取材したノンフィクション。「I Want It That Way」の制作秘話も含む決定版。 → Search

The Hit Charade: Lou Pearlman, Boy Bands, and the Biggest Ponzi Scheme in U.S. History (Tyler Gray) BSBを生み出したルー・パールマンの光と影。アメリカ史上最大級のポンジ・スキームを起こした男が、いかにしてボーイバンド帝国を築いたか。 → Search

🌍 ゆかりの場所

Cheiron Studios跡地(ストックホルム) スウェーデン・ストックホルムにあった伝説のスタジオ。2000年に閉鎖されたが、現地ではポップ史巡礼ツアーの定番スポットとなっている。北欧ポップの聖地。 → Search

Universal Orlando Resort(フロリダ州オーランド) BSBが結成された街。1990年代ボーイバンド文化の発祥地であり、ディズニーワールド、ユニバーサルといったテーマパーク文化が音楽人材を供給した特異な土地。 → Search

🎸 自分でも体験する

アコースティック・ギター入門セット 「I Want It That Way」はアコギの弾き語りで意外に映える楽曲。コードはF#m、A、E、Bという比較的シンプルな構成で、ギター初心者の練習曲としても最適。 → Search

ボーカル・ハーモニー練習用ピアノアプリ対応MIDIキーボード BSBのコーラスは5声のヴォイシングが命。MIDIキーボードでコード進行を弾きながら、自分の声を多重録音してハーモニーを作る楽しさを体験できる。 → Search


🎵 Listen on all platforms

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