SONGFABLE · 1995

Earth Song

MICHAEL JACKSON · 1995

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Earth Song - Michael Jackson (1995)

マイケル・ジャクソンが1995年に発表した「Earth Song」は、ポップソングというよりも一篇の祈祷文に近い。森林破壊、戦争、動物虐殺、貧困——彼のディスコグラフィの中でもっとも怒りに満ち、もっとも声明的な作品でありながら、商業的にも『HIStory』時代を代表する世界的ヒットとなった。本稿では、この曲がなぜ「キング・オブ・ポップ」の最高傑作のひとつでありながら、北米では奇妙なほど評価されなかったのかを掘り下げる。

Hook

90年代半ば、グランジが世界を覆い、ヒップホップが新しい王座を狙い、ブリットポップがUKチャートを再定義していた頃。マイケル・ジャクソンはオーストリアのウィーン郊外で、ひとつの楽曲を完成させようとしていた。それは「Thriller」のような華やかなダンスナンバーでもなければ、「Billie Jean」のような暗いファンクでもなかった。むしろゴスペル合唱団とオーケストラを呼び寄せ、嘆きと怒号を交互に積み上げる、6分38秒のシンフォニックな終末論だった。

リリース当時、英国では1995年のクリスマス・ナンバーワンに輝き、6週間チャートトップに居座った。ジャクソンの英国シングル史上もっとも売れた一枚である。一方で、米国ではBillboard Hot 100の上位に入ることすらなかった。同じ曲、同じアーティスト、まったく異なる反応。この非対称性こそが、「Earth Song」を理解する最初の鍵になる。

楽曲は「what about〜(〜はどうなる?)」という問いかけを繰り返す構造で組み立てられている。サンライズはどうなる、降りしきる雨は、血を流す大地は——具体的な情景を列挙しながら、答えのない問いを観客に投げ続ける。これは説教ではない。むしろ、答えを持たない者が天に向かって叫ぶ、旧約聖書の「哀歌」に近い形式である。

Background

「Earth Song」の構想は、実は『Bad』時代の1988年にまで遡る。ジャクソンはオーストリアのウィーンに滞在中、ホテルの一室で曲の骨格を書き上げたとされる。彼は当時、世界ツアーの合間に窓から見える街の喧騒と、その向こうにある森や山を眺めながら、自分が消費し続ける世界に対する違和感を募らせていたという。

しかし楽曲はすぐにはリリースされなかった。1991年の『Dangerous』にも収録されず、結果として制作期間は7年に及んだ。プロデューサーのデヴィッド・フォスター、ブルース・スウェディーン、そしてジャクソン本人による共同制作で、最終的にゴスペル歌手アンドレイ・クラウチ率いる合唱団、アンディ・ペイジによるアレンジ、そして膨大な数のセッションミュージシャンが投入された。

特筆すべきは、レコーディング末期にジャクソンがヴォーカルを録り直したエピソードである。スタジオで彼はトラックを聴きながら、台本もメモも持たずに、即興でうめき声、叫び、囁きを重ねていった。最終ミックスに残された後半部分の声——言葉になる前の純粋な感情の発露——は、その日の一発録りに近い。ブルース・スウェディーンは後年、「あれはマイケルが何かに憑かれていた瞬間だった」と振り返っている。

『HIStory: Past, Present and Future, Book I』は2枚組のアルバムで、過去のヒット曲集と新曲集の二部構成という、当時としても珍しい形式だった。ソニーは1500万ドル以上の宣伝予算を投じ、ハンガリーのブダペストで戦車と兵士を動員したプロモーションフィルムを撮影。露骨な「神格化」の試みは批判を浴びたが、そのアルバムの精神的中核に位置していたのが「Earth Song」だった。

ミュージックビデオはニック・ブランドフィールドが監督し、タンザニアのセレンゲティ、アマゾン、クロアチアの戦地、ニューヨークの森林伐採現場で撮影された。象牙のために殺された象、伐られる木、戦争で焼かれる村——ジャクソンが土を掴み、風が逆再生され、死んだ動物が蘇り、倒れた木が立ち上がる。ヴィデオは1997年のグラミーで最優秀短編ミュージックビデオ賞を受賞した。

Real meaning (hidden story)

「Earth Song」は表面上、環境保護ソングである。しかし、この読み方はあまりにも狭い。

ジャクソンが書いていたのは、より深い「喪失」についてだった。彼は晩年、ある未公開のインタビューで「Earth Songは、自分が子供の頃に感じていた世界——森に妖精がいて、空に神がいて、動物と話せるかもしれないと信じていた世界——が、もう存在しないという哀しみについての歌だ」と語っている。つまりこれは、産業化以前の世界に対するロマン主義的な追悼歌である。

注目すべきは、楽曲後半でジャクソンが繰り返す「what about us」というフレーズの両義性だ。「私たち」とは誰か。人類か、地球の生命全体か、あるいは未だ生まれぬ子どもたちか。ゴスペル合唱団との掛け合いの中で、この「私たち」は流動的に変化し、ジャクソン自身が時にアダム、時にヨブ、時に名もなき子どもとして、神に問いかける構造になっている。

もうひとつの隠された層は、ジャクソン自身の伝記的文脈にある。1993年、彼は児童虐待疑惑によって精神的にも経済的にも追い詰められていた。鎮痛剤依存、メディアによるリンチ、家族との確執。「Earth Song」のヴォーカルにこもる怒りと嘆きは、地球を代弁しているようでありながら、同時に彼自身の「無実を信じてもらえない者」としての悲痛な叫びでもあった。彼にとって地球と自分は重なっていた——傷つけられ、誤解され、それでも再生を願う存在として。

そして、1996年のブリット・アワードでの有名な「ジャーヴィス・コッカー事件」も、この曲の文脈を語る上で避けて通れない。ジャクソンがメサイア(救世主)のような演出でこの曲をパフォーマンスした際、パルプのフロントマンであるジャーヴィス・コッカーがステージに乱入し、お尻を突き出して抗議した。コッカーはジャクソンの自己神格化を批判したが、皮肉なことに、この事件は「Earth Song」を巡る議論を、楽曲そのものから「マイケルの自己演出」へと逸らしてしまった。批評家がこの曲を真剣に論じることを長年妨げてきた要因のひとつである。

Cultural context for Japanese readers

日本において、マイケル・ジャクソンの存在感は他のどの西洋アーティストよりも独特な軌跡を描いてきた。1987年の『Bad』ツアーで武道館を含む計14公演を行い、当時の来日アーティストとしては最大規模の動員を記録した。彼は東京滞在中、お忍びで渋谷タワーレコードを訪れ、日本のシティポップやアニメ・サントラを大量に買い込んだという逸話が残っている。彼の音楽的好奇心は、坂本龍一や久石譲の作品にまで及んでいた。

1996年の『HIStory World Tour』では、後楽園球場(東京ドーム)公演で「Earth Song」を演奏した。クライマックスで戦車に乗って登場し、最後に子どもを抱きかかえて去っていく演出は、当時のファンにとって忘れがたい光景となった。一部の評論家は「過剰」と評したが、終戦記念日に近い時期の公演だったこともあり、戦争と平和をテーマにしたこの曲は、日本の観客に独特の重みで受け取られた。

桑田佳祐は90年代後半、ラジオ番組で「Earth Songの後半、言葉が崩れて咆哮になっていく構成は、邦楽にはなかなかない発想」と語ったことがある。日本のポップスは伝統的に「歌詞の意味」を最後まで届けることを重視するが、ジャクソンはあえて言葉を放棄し、声そのものを楽器化することで感情の臨界点を超えていく。これは、矢沢永吉が日比谷野音で見せる絶叫のクライマックスや、桑田自身がライブで言葉にならない叫びを放つ瞬間と、形式は違えど精神的に呼応している。

軽井沢の万平ホテルは、ジョン・レノンが家族と過ごしたことで有名だが、マイケル・ジャクソンも1990年代に静養目的で何度か日本の山岳リゾートを訪れていたという証言がある。彼が好んだのは、人工物が少なく、森と水のある場所だった。「Earth Song」の世界観を理解するには、彼が探していた「失われた自然」が、決してアメリカ西海岸の風景ではなく、より神秘的で精神性のある場所——日本の山深い温泉地のような——だったことを思い出すといい。

日本のリスナーにとって、この曲が特別な響きを持つ理由のひとつは、「もののあはれ」との親和性だろう。失われゆくものへの哀惜、それでも美しさを見出そうとする視線——宮崎駿の『もののけ姫』(1997年)と「Earth Song」(1995年)が、ほぼ同時代に、まったく違う場所で、似たテーマを扱っていたことは偶然ではない。両者ともに、近代の暴力を経験した世代が、それでも自然と人間の和解を夢見ようとした祈りである。

Why it resonates today

2026年の現在、「Earth Song」は1995年よりもむしろリアリティを増している。気候危機は抽象的な未来予測ではなく、毎年の熱波、洪水、山火事として可視化されている。生物多様性の喪失は加速し、グレタ・トゥーンベリ以降の若い世代は、ジャクソンが30年前に叫んだ問いを、自らの世代の問いとして引き受けている。

興味深いのは、Z世代によるこの曲の再評価である。TikTokでは「Earth Song」の後半の咆哮部分が、気候危機や戦争のニュース映像と組み合わされて拡散されている。彼らはマイケル・ジャクソンの伝記的スキャンダルとは距離を取りつつ、楽曲そのものが持つ預言的な力に正面から向き合っている。これは、作品をアーティストの私生活から切り離して評価するという、ポスト#MeToo時代の批評的成熟の一例でもある。

また音楽的にも、現代の耳には新鮮に響く。ビリー・アイリッシュの抑制された息遣い、ホージアのゴスペル的高揚、ケンドリック・ラマーの政治的合唱——これらはすべて「Earth Song」が先取りしていた手法である。ポップスがどこまで政治的に、感情的に、宗教的になれるのかを、ジャクソンは1995年の時点で限界まで試していた。

そして何より、この曲が問いかけているのは「何が失われたか」だけではなく、「私たちはまだ何を取り戻せるのか」という、行動への問いである。後半の咆哮が単なる絶望ではなく、神への抗議——なぜ放っておくのか、なぜ私たちに任せたのか——として響く時、リスナーは観客から共犯者へと変わる。30年経った今でも、その変換装置としての力は錆びていない。

深く楽しむには

🎧 音に浸る

HIStory: Past, Present and Future, Book I (Michael Jackson) 「Earth Song」が収録された2枚組大作。「They Don't Care About Us」「Stranger in Moscow」など、ジャクソンの社会派サイドが凝縮された必聴アルバム。 → Search

Dangerous (Michael Jackson) 1991年作。「Earth Song」の前駆体とも言える「Heal the World」「Will You Be There」を収録。テディ・ライリーとの共作によるニュージャックスウィング期。 → Search

もののけ姫 サウンドトラック (久石譲) 時代精神として「Earth Song」と呼応する1997年作。失われゆく自然への哀歌として聴き比べると、東西の感性の差異と共通点が浮かび上がる。 → Search

📚 物語を辿る

Moonwalk (Michael Jackson) ジャクソン自身による自伝。1988年刊行のため「Earth Song」以前の記述だが、彼の自然観、子ども時代の喪失、宗教観のルーツが語られている。 → Search

Man in the Music: The Creative Life and Work of Michael Jackson (Joseph Vogel) 楽曲ごとの制作背景を学術的に追ったジャクソン論の決定版。「Earth Song」の章は特に充実しており、本稿執筆にも参照価値が高い。 → Search

沈黙の春 (レイチェル・カーソン) ジャクソンが「Earth Song」を構想する遥か以前、1962年に環境破壊の警鐘を鳴らした古典。この曲の精神的祖先と言える一冊。 → Search

🌍 ゆかりの場所

東京ドーム(後楽園球場) 1996年『HIStory World Tour』でジャクソンが「Earth Song」を演奏した会場。野球観戦と合わせて、彼が見た景色を追体験できる。 → Search

軽井沢万平ホテル ジャクソンも訪れたとされる、山岳リゾートの古典的名宿。森と水に囲まれた環境は、「Earth Song」が追慕する原風景に重なる。 → Search

屋久島 日本でもっとも「Earth Song」的な場所。樹齢数千年の縄文杉、苔むす森、消えそうで消えない原生の生命。宮崎駿が『もののけ姫』のインスピレーションを得た島でもある。 → Search

🎸 自分でも体験する

ゴスペル入門ボイストレーニング教材 「Earth Song」後半のコーラスが胸を打つのは、ゴスペル合唱の発声法にある。日本でもアクセス可能な教則本やオンライン講座が増えている。 → Search

MIDIキーボード(61鍵) ジャクソンが愛用したシンセサウンドを自宅で再現できる入門機。「Earth Song」のストリングスとピアノレイヤーは、シンプルな機材でも雰囲気を掴める。 → Search

フィールドレコーディング用ハンディレコーダー 森や川、雨の音を自分で録音してみると、「Earth Song」の冒頭にある自然音の重ね方の精密さがわかる。屋久島や軽井沢の散策とセットで。 → Search


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🤖 もっと深掘りしたい方へ:

  1. 「Earth Song」が米国で評価されなかった理由を、90年代米国のロック批評家とブラックミュージックの関係から論じるとしたら?
  2. ジャーヴィス・コッカーのブリット・アワード乱入事件は、結果としてジャクソンの遺産にどんな影響を与えたのか?
  3. 「Earth Song」と『もののけ姫』を、ポスト冷戦期の「自然と暴力」の表現として比較するとしたら、何が見えてくるか?
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