With or Without You
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With or Without You - U2 (1987)
1987年、U2は『The Joshua Tree』というアルバムでアメリカの神話と砂漠の風景に踏み込み、その先頭打者として世界に放たれたのが「With or Without You」だった。エッジの無限音階のように伸びていくギター、ボノが囁き、絞り出し、最後には叫ぶ声。表向きはひとつの愛の歌でありながら、そこには宗教、結婚、アーティストとしての分裂、そしてアメリカという巨大な鏡像が折り重なっている。この曲が30年以上経ってもなお新鮮に響くのは、答えを出さない緊張のままで終わるからだ。
Hook
ベースの単純な四音が静かに繰り返される。ドラムは控えめで、空間そのものが楽器のように振る舞う。やがてジ・エッジのギターが、まるで遠い高原の風のように立ち上がってくる。これがU2の「With or Without You」の冒頭である。1980年代後半のロックが、シンセサイザーの華やかさやヘアメタルの誇張へ向かっていた時代に、この曲はまるで逆方向に進んでいた。引き算によって作られたロックバラード。沈黙と余白を恐れない構造。それでいて感情の振幅は、当時のどの大衆音楽よりも大きかった。
ポピュラー音楽の歴史において、「With or Without You」は奇妙な位置を占めている。シングルとして全米1位を獲得した極めて商業的に成功した楽曲でありながら、楽曲構造そのものは決して大衆的とは言えない。サビらしいサビがなく、コード進行は四つの和音をひたすら循環するだけ。歌詞は具体的なエピソードを語らず、抽象的な葛藤のイメージだけが提示される。それでもなお、世界中のスタジアムを埋める観客は、ボノの歌うフレーズに合わせて声を上げ、腕を伸ばし、まるで宗教儀礼のような一体感を共有してきた。
この曲は、ロックという形式が「叫び」から「呼吸」へと変質した瞬間の記念碑である。
Background
1986年、U2はダブリンのウィンドミル・レーン・スタジオで新作の制作を始めていた。プロデューサーには前作『The Unforgettable Fire』に続いてブライアン・イーノとダニエル・ラノワが起用された。バンドはアイルランドという辺境からの視点でアメリカを描こうとしていた。ジャック・ケルアックの『路上』、フラナリー・オコナーの南部ゴシック、サム・シェパードの戯曲、レイモンド・カーヴァーの短編。文学を通してアメリカを学んだ20代のアイルランド人たちが、ヨシュア・ツリー国立公園の荒涼とした砂漠を訪れ、そこに広がるアメリカの裏側を音にしようとしていた。
「With or Without You」のデモは、もともと典型的なロックバラードとして書かれていた。ボノは1985年から1986年にかけて、結婚生活とロックスターとしての生活の不和に苦しんでいたと語っている。妻アリ・ヒューソンとの関係は10代からの長いものだったが、ツアーで世界を飛び回る生活、そしてミュージシャンとしての自我の肥大化が、家庭の側にある現実との間に深い溝を作っていた。
転換点は、エッジが手に入れた一台のプロトタイプ機材だった。「インフィニット・ギター」と呼ばれるそれは、ギタリストのマイケル・ブルックが開発したもので、弦の振動を電子的に持続させ続けることができる装置だった。ピアノのように音が減衰せず、ヴァイオリンのように引き伸ばされる音響。これをU2のセッションに持ち込んだことで、楽曲の風景は一変した。
時間が止まったような、しかし内側からは何かが燃え続けているような音響。それはボノが歌いたい感情そのものだった。彼は後に「あの曲を完成させるためには、あの音が必要だった」と語っている。
リリースされたのは1987年3月。アルバム『The Joshua Tree』の先行シングルとして放たれた「With or Without You」は、瞬く間にチャートを上昇し、U2にとって初の全米1位シングルとなった。アルバムも世界中で2,500万枚以上を売り上げ、バンドをアリーナバンドからスタジアム神話へと押し上げた。
Real meaning (hidden story)
表面上、「With or Without You」は男女の関係の物語として読むことができる。あなたなしでは生きられない、しかしあなたとも生きられない、という古典的な恋愛の引き裂かれ。この読み方は決して間違っていない。だが、ボノ自身がインタビューで繰り返し示唆してきたのは、この曲がもっと多層的な裂け目を抱えているということだった。
ひとつめの層は、結婚と芸術の対立である。ボノは家庭人としてのボノ(ポール・ヒューソン)と、ロックスターとしてのボノという二つの自己の間で揺れていた。アリと共にあるドメスティックな生活と、世界中を漂泊するアーティストの生活。前者を選べば後者が死に、後者を選べば前者が死ぬ。1980年代中盤のU2は、すでに「世界で最も重要なバンド」と呼ばれ始めており、その重荷はボノ個人の倫理観や信仰心と摩擦を起こしていた。
ふたつめの層は、信仰の問題である。ボノ、エッジ、ラリー・マレン・ジュニアの三人は、80年代初頭にダブリンのキリスト教コミュニティ「シャローム」に所属していた。彼らはロックバンドとしての生活と、福音主義的なキリスト教信仰の間で深刻な葛藤を経験している。一時期、バンドを解散して伝道活動に専念することすら検討した。「With or Without You」の歌詞に滲む、献身と犠牲のイメージ、そして「あなた」という呼びかけは、恋人にも神にも向けられうるものとして書かれている。十字架上のキリスト、釘、棘の冠といった宗教的なモチーフがアルバム全体を通して頻出する。
みっつめの層は、アメリカという他者である。アイルランド人である彼らにとって、アメリカは魅了の対象であると同時に、暴力と帝国主義の象徴でもあった。レーガン政権下、中米への軍事介入、福音派の政治的台頭、富の偏在。それらをU2は『The Joshua Tree』を通して描こうとした。「With or Without You」はその矛盾を抱えたままアメリカに飛び込んでいくバンドの自画像でもある。愛憎の対象としてのアメリカ。それなしでは音楽産業の頂点に立てない、しかしそれと共にあれば自分たちの倫理が揺らぐ。
この三つの裂け目を同時に抱え込みながら、楽曲はそれを解決しない。むしろ未解決のテンションを音楽そのものの構造に組み込んでいる。最後まで主和音に着地せず、コードが循環し続けることで、聴き手は「決着のつかなさ」そのものを感情として受け取ることになる。
これは、ポピュラー音楽における重要な発明だった。1960年代から70年代のロックは、しばしばカタルシスを与えることを目的としていた。サビでの解放、ギターソロでの爆発、最後の和音での着地。だが「With or Without You」は、解放を約束しながら、決して着地しない。聴き手は宙吊りのまま、自分自身の未解決の感情と向き合わされる。
Cultural context for Japanese readers
日本のリスナーにとって、U2は奇妙な距離感を持つバンドだった。1980年代後半、日本のロックシーンは桑田佳祐率いるサザンオールスターズが国民的人気を確立し、矢沢永吉が後楽園球場や日本武道館を満員にする「永ちゃん神話」を完成させ、BOOWYや尾崎豊が若者の鬱屈を代弁していた。日本のロックは、どこか「個人の青春」と強く結びついていた。
そこへやってきたU2は、明らかに違う回路を持っていた。彼らの音楽は政治的であり、宗教的であり、国際的だった。北アイルランド紛争への言及、エチオピア飢饉へのライヴ・エイド参加、アムネスティとの連動。それらは、日本のロックがあまり踏み込まなかった領域だった。1989年12月、U2は『Lovetown Tour』の一環として初の日本公演を行い、武道館のステージに立った。あの空間で「With or Without You」が演奏された瞬間、観客の多くは、それまで聴いてきたどのロックとも違う、ある種の「祈り」のような感覚を初めて体験したと回想している。
渋谷のタワーレコードでは、『The Joshua Tree』が長期にわたって輸入盤コーナーの定番として置かれ続けた。当時はCDがレコードに代わって普及し始めた頃で、U2は新しいフォーマットの中でも「アルバムを通して聴くべきバンド」として認知されていた。タワレコの店頭ポップが「アメリカを再発見した北アイルランドの祈り」といった言葉でこのアルバムを紹介していたことを、当時の音楽ファンは覚えているだろう。
軽井沢の万平ホテルのような、明治・大正期の西洋文化が和の風景に溶け込んだ空間でこの曲を聴くと、その「異邦から見つめる愛」のテーマがより鮮明に響く。日本人にとってのアメリカも、アイルランド人にとってのアメリカも、どこかで距離を持って眺める対象であり、その距離があるからこそ憧れと違和感が同時に生まれる。万平ホテルの暖炉のある談話室で、ジョン・レノンがかつて夏を過ごしたこと、そして1987年の世界がレノン後の時代だったこと。U2はある意味で、レノンが残した「政治を歌うロック」の精神的継承者として日本でも受容されていった。
桑田佳祐がインタビューでU2への敬意を語ったことや、矢沢永吉的な「個人の物語」とは異なる「世界の物語」を歌うロックの可能性が、日本のミュージシャンにも影響を与えていく。1990年代以降のMr.ChildrenやGLAYのスタジアム・ロックの背景にも、U2が切り開いた「巨大な空間で響く繊細な音楽」というモデルが間接的に作用している。
Why it resonates today
「With or Without You」が2020年代の今日もなお新鮮に響く理由は、この曲が描いた「決着のつかない関係」が、現代人の感情構造の基本形になってしまったからかもしれない。
SNSの時代、私たちは誰とも完全に切れることができない。元恋人のInstagramは見え続け、別れた友人のXのポストは流れてくる。職場の人間関係はSlackに残り続け、グループチャットは肥大化していく。物理的に離れたとしても、デジタルの残響が私たちを過去の関係に縛り付ける。「あなたと共にも、あなたなしでも」という感覚は、もはや恋愛の特殊な状況ではなく、現代における関係性の標準的な様態となった。
さらに、この曲が描く宗教と世俗の引き裂かれは、現代の精神的状況とも共鳴する。組織宗教から離れた人々が、しかし何かを信じることをやめられず、ウェルネス、瞑想、自己啓発、推し活、さまざまな代替的な信仰を求めて漂流する。完全な世俗化も、完全な信仰回帰もできない宙吊りの状態。これもまた「With or Without You」的な構造である。
そして、アメリカという他者への愛憎は、2020年代においてさらに複雑になっている。GAFAMが日常を支配し、ハリウッドとNetflixが文化を規定する一方で、アメリカ社会の分断や暴力が日々ニュースとして流れてくる。アメリカ「なしでは」生きられないが、アメリカ「と共に」生きることへの違和感も拭えない。これは1980年代のU2が抱えていた葛藤と、構造的に同じものだ。
楽曲の音響的な特徴も、現代において新たな意味を持っている。エッジのインフィニット・ギターによる持続音は、現代のアンビエント、ポストロック、ローファイ・ヒップホップにまで影響を与え続けている。サビで爆発しない構造、ダイナミクスの抑制、空間の活用。これらは、Bon IverやThe National、Phoebe Bridgersといった現代のアーティストたちが受け継いでいる遺産でもある。
「With or Without You」は、ロックがいかにして「叫び」をやめて「呼吸」を獲得したかの証拠であり、ポピュラー音楽が「決着」を約束することをやめて「宙吊り」を肯定し始めた瞬間の記録である。だからこそ、この曲は古びない。私たち自身が、いまだに着地できない関係の中を漂い続けているからだ。
深く楽しむには
🎧 音に浸る
The Joshua Tree (U2) 1987年のアルバム本体。アメリカ西部の砂漠の風景と、アイルランドからの視線が交錯する代表作。冒頭3曲の流れは20世紀ポピュラー音楽の到達点のひとつ。 → Search
Achtung Baby (U2) 1991年、ベルリンで録音された次なる転換点。「With or Without You」的な誠実さを脱ぎ、皮肉とエレクトロニクスへ向かった解体期の傑作。 → Search
The Unforgettable Fire (U2) 1984年、ブライアン・イーノとの最初の協働。後の音響的革新の萌芽がすべてここにある。 → Search
📚 物語を辿る
U2 by U2 (U2 & ニール・マコーミック) メンバー4人が自らバンド史を語った決定版口述伝記。『The Joshua Tree』制作期の証言が詳細。 → Search
Surrender: 40 Songs, One Story (ボノ) 2022年に出版されたボノの自伝。「With or Without You」を含む40曲を軸に、信仰、結婚、政治を率直に語る。 → Search
路上 (オン・ザ・ロード) (ジャック・ケルアック) U2がアメリカを学ぶために読んだ古典。『The Joshua Tree』の文学的下地を知るための一冊。 → Search
🌍 ゆかりの場所
Joshua Tree National Park (カリフォルニア) アルバム・ジャケットが撮影された荒野。実際のジョシュア・ツリー(ユッカ・ブレヴィフォリア)が立ち並ぶ風景は、楽曲の音響と直結する体験。 → Search
ダブリン (アイルランド) U2の出身地。ウィンドミル・レーン・スタジオ跡、トリニティ・カレッジ、テンプル・バー地区。バンドが「外から見たアメリカ」を構想した街そのものを歩ける。 → Search
日本武道館 1989年12月、U2が初めて日本で「With or Without You」を演奏した場所。武道館の独特の音響が、この曲の祈りの質を増幅させた歴史的会場。 → Search
🎸 自分でも体験する
ディレイ/リバーブ・ペダル (エッジ・サウンドの基礎) エッジ独特の音響の核は、ディレイとリバーブの精緻な使い分けにある。エントリーモデルでも体験は十分可能。 → Search
インフィニット・サスティナー搭載ギター 楽曲制作のきっかけとなった「音が減衰しないギター」の系譜。フェルナンデスのサスティナー搭載モデルなど現行品で同種の体験ができる。 → Search
The Joshua Tree のヴァイナル盤 CDではなくレコードで聴くと、A面1曲目から3曲目までの流れが一つの儀礼として体感できる。30周年記念盤も入手可能。 → Search
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- 「With or Without You」の「インフィニット・ギター」と、現代のアンビエント音楽(Brian Eno以降の系譜)はどうつながっているか?
- U2が『The Joshua Tree』で描いた「アイルランドから見たアメリカ」は、日本のミュージシャンが描く「日本から見たアメリカ」とどう違うか?
- サビのない循環構造を持つロックバラードは、「With or Without You」以降どのように発展していったか?(Radiohead、Coldplay、Bon Iverへの影響)