SONGFABLE · 1987

Wanted Dead or Alive

BON JOVI · 1987

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Wanted Dead or Alive - Bon Jovi (1987)

ニュージャージー出身の若者たちが、80年代アメリカのアリーナを満杯にしながら、なぜ自分たちを19世紀の無法者ガンマンになぞらえたのか。『Wanted Dead or Alive』は、グラム・メタル全盛期のただ中で書かれた「ロック・ミュージシャン版ウェスタン」であり、ツアー生活の孤独と虚無を、フロンティアの荒野に重ねた静かな寓話である。アコースティック12弦ギターと粘度の高いトーキング・ブルース調のメロディが、ヘアスプレーの匂いがする時代の中で異質な落ち着きを放っていた。

Hook

1986年から87年にかけて、Bon Joviは突如として世界一売れているロックバンドになった。3rdアルバム『Slippery When Wet』は全米で1200万枚を超え、アリーナはどこも完売、メンバーの顔は『Tiger Beat』から『Rolling Stone』までを横断していた。だが、その絶頂期にシングルカットされた4曲目――『You Give Love a Bad Name』『Livin' on a Prayer』『Never Say Goodbye』に続く一曲――は、奇妙なほど浮かれていなかった。むしろ、疲れていた。

『Wanted Dead or Alive』は、表面的にはカウボーイの歌である。鉄の馬にまたがり、一度通った町には二度と立ち寄らない。けれど聴き込めば、それがツアーバスの窓から見える景色と、楽屋から楽屋へ移動するロック・ミュージシャンの自画像であることがすぐに分かる。Jon Bon JoviとRichie Samboraは、20代半ばで突然グローバル・スターになってしまった自分たちの「居場所のなさ」を、ジョン・フォードの西部劇の語彙で語り直そうとした。

それは、当時のグラム・メタル/ヘア・メタルの文脈ではかなり風変わりな身振りだった。Mötley Crüeが堕落と享楽を歌い、Poisonがパーティを歌っていた時代に、Bon Joviはアコースティック・ギターを抱えて「俺たちはガンマンで、撃たれて死ぬ前にこの道を行くしかない」というメタファーを差し出した。後年のアンプラグド・ブーム、カントリー・ロックの再評価、さらにはBruce Springsteen的なヒロイズムをハードロックに接続する一連の流れ――その伏線は、すでにこの曲に張られていた。

Background

『Slippery When Wet』のレコーディングは、Vancouverのリトル・マウンテン・サウンド・スタジオで、プロデューサーBruce Fairbairnと共同作曲家Desmond Child(『You Give Love a Bad Name』『Livin' on a Prayer』を共作)を巻き込んで進められた。だが『Wanted Dead or Alive』だけは少し毛色が違う。クレジットはJon Bon JoviとRichie Samboraのふたりだけ。Desmond Childは関わっていない。

Jon Bon Joviは後年、複数のインタビューでこの曲の発端を語っている。きっかけは、ツアー中にホテルの部屋でBob SegerのライブDVDを観たことだったという。Segerが歌う『Turn the Page』――旅暮らしのミュージシャンの倦怠を歌ったクラシック――を観ながら、自分たちもこのテーマで何か書けるのではないかと思いついた。「俺たちはバンドというより、現代のカウボーイなんじゃないか」というアイデアが浮かんだ瞬間に、曲の骨格はほとんど決まっていた。

Richie Samboraがダブルネックのアコースティック12弦ギターを持ち出して、あのオープニングのアルペジオを弾いた瞬間、楽曲は一気にウェスタンの広がりを得た。スタジオ・テクニックの粋を集めた『Livin' on a Prayer』とは対照的に、『Wanted Dead or Alive』はほぼ生音の力で勝負している。Tico Torresのドラムは抑制的、David Bryanのキーボードは霧のように背景を覆い、Alec John Suchのベースは歩幅を一定に保つ。すべてが「砂漠を馬で進む」という比喩に奉仕している。

ミュージックビデオも巧みだった。当時としては珍しく、ツアー風景のドキュメンタリー・フッテージを多用したモノクロ映像で、観客の歓声、楽屋の喧騒、ステージ袖の沈黙が交互に映る。MTV Video Music Awardsの「Best Stage Performance」を受賞したが、本質的にはステージ・パフォーマンスではなく「ステージとステージのあいだの時間」を映した作品だった。商業的成功の真ん中で、彼らはすでにその成功の代償について語り始めていた。

Real meaning (hidden story)

表層の物語は単純だ。ある男が馬にまたがり、町から町へ移動する。彼は法の外側を生きていて、いつかは撃たれて死ぬか、絞首台に送られるかもしれない。だがそれは仮の物語であり、本当の主人公はロックンロール・バンドのフロントマンである。「鉄の馬」とは何か。ツアーバスである。「自分は道を行く」とはなにか。北米、ヨーロッパ、アジアを延々と回り続けるロード生活そのものである。

ここに織り込まれているのは、巨大な成功の只中にいるアーティストにしか書けない種類の孤独だ。一晩で2万人の観客の前に立ち、翌朝には誰もいないハイウェイをバスで走り、別の都市の別のホテルで目を覚ます。会う人の顔は毎日違うのに、会話の内容はほぼ同じ。サインを求められ、写真を撮られ、また次の街へ。Jon Bon Joviはこのループを、「賞金首として追われ続けるアウトロー」というメタファーで翻訳した。

興味深いのは、彼が自分たちを「被害者」として描かなかったことである。アウトローは、自ら法の外側を選んだ人間だ。同情を請うのではなく、その道を選んだ覚悟と引き換えに払う代償を、淡々と勘定書きにしている。これは、当時のグラム・メタル界に蔓延していた「自己破滅の美化」とも、Brue Springsteenが歌う「労働者階級の悲哀」とも違う、第三の身振りだった。

もうひとつ重要なのは、この曲が「ロック・スターであることの神話」を再生産しながら同時に解体している点である。カウボーイ=ロック・スターという比喩は、自由・反逆・男らしさといったアメリカ的記号を全部背負っている。けれど歌の中の男は、勝利者ではない。彼はただ生き延びているだけで、いつか死ぬことを知っている。栄光と死がほぼ等価で扱われるこの感覚は、後年のJon Bon Joviがソロ作『Blaze of Glory』(1990年、映画『Young Guns II』のサウンドトラック)でさらに展開していくテーマの原型だった。

そして、もうひとつ隠れた読みがある。Richie Samboraのギター・ソロは、典型的なハードロックのソロというより、エルモア・ジェイムスやライ・クーダー的なスライド/フォーク的フレージングに近い。これは、ロックの「ルーツへの帰還」――1980年代後半に静かに進行していた、アメリカーナへの再接続――を予見していた。1990年代初頭にエリック・クラプトンが『Unplugged』で世界を席巻し、ニール・ヤングが再評価される土壌は、こうしたヒット・チャートの片隅で芽吹いていたと言える。

Cultural context for Japanese readers

日本において『Wanted Dead or Alive』が持つ重みは、本国アメリカとは少し異なる文脈を帯びている。Bon Joviは1985年の初来日以来、武道館を満員にする数少ない海外バンドのひとつであり続けた。武道館の天井から吊られたあの八角形の照明の下、アコースティック12弦のアルペジオが鳴り始めた瞬間、観客が一斉にライターを掲げる――90年代の武道館に通った世代にとって、その光景は『Livin' on a Prayer』のシンガロング以上に身体に刻まれている。

興味深いのは、この曲が日本のロック・ミュージシャンの「ツアー観」にも影を落としていることだ。桑田佳祐がサザンオールスターズの活動と並行してソロ・プロジェクトでアコースティック編成を試みたとき、あるいは矢沢永吉が長いキャリアの折々に「俺はまだ走り続ける」というモチーフを歌ってきたとき、そこには明確に重なる文体がある。日本のスタジアム・ロックの語彙は、Bruce SpringsteenとBon Joviから多くを借りている。後楽園球場で行われた初期の日本人ロック・コンサート――サザンや矢沢のオールナイト公演――が築いた「日本のスタジアム・ロック文化」は、ほぼ同時代のアメリカの動向と共鳴していた。

聴く場所も日本独自の文脈を持っている。渋谷タワーレコードの洋楽ロック・コーナーで『Slippery When Wet』の輸入盤を漁った世代がいる。あるいは、軽井沢万平ホテルのような「リゾートに来たのにどこか孤独」な場所で、ヘッドフォン越しにこの曲を聴いた記憶を持つ人がいる。万平ホテルのクラシカルなロビーで、外には濃い緑、ラウンジには静かなジャズ――そんな環境で12弦アコースティックのリフを聴くと、楽曲が持つ「移動する人間の倦怠」が、和洋折衷の風景の中で奇妙にしっくりくる。

加えて、日本における「Bon Jovi=最高のアリーナ・バンド」というイメージは、彼ら自身がたびたび口にする「日本は俺たちにとって特別な場所」という発言と相互に強化されてきた。武道館での演奏中、Jon Bon Joviが客席を指差しながら『Wanted Dead or Alive』を歌うとき、彼の歌う「ガンマンとしての孤独」は、観客の側にも届く。日本のファンは、彼らが世界を回り続けるアウトローであり、ときどき自分たちの街に立ち寄ってくれる存在であることを、ある種の誇りと共に受け止めてきた。

『Wanted Dead or Alive』はそういう意味で、日本においては「来日公演で必ず歌われるアンセム」であると同時に、「自分の人生の物語に重ね合わせやすい楽曲」でもある。長距離通勤の電車の中、深夜の高速道路、出張先のホテルの窓から見える知らない街――そういう場面で、ジャパニーズ・サラリーマン世代がこの曲に共鳴してきた歴史は、決して軽視できない。

Why it resonates today

リリースから40年近くを経て、この曲が古びないのはなぜか。理由の一つは、この曲が描く「移動と孤独」が、現代の働き方とむしろ親和的になっている点にある。ノマドワーカー、デジタル遊牧民、長期出張者、二拠点・三拠点生活者――場所に縛られない自由と引き換えに、どこにも完全には属さない感覚を抱える人々は、80年代のロック・スターよりはるかに多い。Jon Bon Joviが歌った「鉄の馬にまたがるカウボーイ」は、いまや新幹線でMacBookを開く誰かであり、深夜のフライトで国を渡る誰かである。

第二に、この曲のアコースティックなプロダクションが、ストリーミング時代の聴かれ方と相性が良い。1980年代のヒットの多くは、当時のプロダクション技術――ゲート・リバーブ、デジタル・シンセ、過剰なリヴァーブ――に時代の刻印を強く帯びている。だが『Wanted Dead or Alive』はほぼ生音で構築されているため、いまSpotifyやApple Musicで再生しても、時代の埃をほとんど感じさせない。Lo-fi化したリスニング環境と、楽曲のフォーキーな質感は奇妙に共鳴する。

第三に、カウボーイというモチーフ自体が、近年再評価されている。Lil Nas Xの『Old Town Road』(2019)、Beyoncéの『Cowboy Carter』(2024)、Post Maloneのカントリー進出――ポップ・カルチャーは「アメリカン・アウトロー」のイメージを新しい人種・ジェンダー構成のもとで書き直しつつある。Bon Joviのこの楽曲は、その潮流の遥か上流に位置するアーティファクトとして、改めて聴き直す価値がある。白人ロックンロール・バンドが「自分たちもアウトローだ」と宣言した瞬間の素朴さと、その素朴さに内包されていた商業構造――それを今の目で見るのは、文化史的にも興味深い作業だ。

第四に、ロックンロールという音楽ジャンルそのものが「死に向かう旅」を意識するようになった現在、この曲の不穏な静けさは別の重みを帯びる。ロック・スターたちが次々と引退し、亡くなり、解散する2020年代。「いつか撃たれて死ぬ」というメタファーは、ジャンルそのものの終焉と重なる。ただし悲観だけが残るのではない。アウトローは死を知っているからこそ、いま馬を進める。終わりを覚悟することが、いまを生きる強度を生む――そうした古典的なテーマを、この曲は静かに反復している。

最後に、Jon Bon Jovi自身が2022年に声帯の手術を経験し、長期間ステージから離れたという事実は、この曲を改めて聴く者に重い響きを与える。「賞金首として追われ続ける」という比喩を、自分の身体の限界と向き合いながらどう演じ直すのか――それは、80年代の若きアウトローが、60代の現役アーティストとして辿り着いた新しい問いでもある。

深く楽しむには

🎧 音に浸る

Slippery When Wet (Bon Jovi) 『Wanted Dead or Alive』が収録された3rd。バンドのキャリアを決定づけた一枚で、アリーナ・ロックの教科書と呼ばれる完成度。 → Search

Blaze of Glory (Jon Bon Jovi) 映画『Young Guns II』のサウンドトラックとして制作されたJonの初ソロ作。『Wanted Dead or Alive』のウェスタン路線をフルアルバムで展開した。 → Search

Stranger in This Town (Richie Sambora) ギタリストRichieのソロ作。エリック・クラプトン参加、ブルースとフォークのルーツが濃く出ており、Bon Joviの裏側を知るのに最適。 → Search

📚 物語を辿る

Bon Jovi: When We Were Beautiful (Phil Griffin) バンドの内側を撮ったドキュメンタリー写真集兼回顧録。武道館を含むワールドツアーの舞台裏が収められている。 → Search

Sometimes You Can't Make It on Your Own: Inside Bon Jovi (Laura Jackson) バンドの伝記。ニュージャージー時代から世界制覇までを丁寧に追っている。 → Search

Runaway: The Bon Jovi Story (映画/書籍) バンド名の由来となった初期ヒット『Runaway』から、グラム・メタル時代を生き延びた経緯を辿るドキュメンタリー資料群。 → Search

🌍 ゆかりの場所

日本武道館 (東京) Bon Joviが何度も完売させてきた聖地。アコースティック・セットの『Wanted Dead or Alive』が最も似合うアリーナのひとつ。 → Search

軽井沢万平ホテル (長野) クラシカルな避暑地のホテル。「移動する人間の孤独」というこの曲のテーマを、和洋折衷の静謐な空間で味わうのに最適。 → Search

ニュージャージー州サイアービル (米国) Bon Joviのホームタウン。バンドの原点である地元のバーやスタジオが点在し、彼らの「アウトロー神話」の出発点を体感できる。 → Search

🎸 自分でも体験する

Ovation 12弦アコースティック・ギター Richie Samboraがあの象徴的なオープニングを弾いたタイプのギター。独特の倍音が、楽曲のスケール感を生んでいる。 → Search

タルボ・ボトルネック・スライド Richieの楽曲後半のソロで聴かれる、ブルース由来のスライド奏法を再現するためのアイテム。 → Search

ロード・トリップ用ドライビング・マップ (米西部) モニュメント・バレー、ルート66、ネバダ砂漠――楽曲が描く風景を実際に車で走るための地図と旅行ガイド。 → Search


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