SONGFABLE · 2009

Empire State of Mind

JAY-Z FT. ALICIA KEYS · 2009 · NEW YORK, USA

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Empire State of Mind - Jay-Z ft. Alicia Keys (2009)

2009年、ニューヨークが自分自身を歌い直すために選んだ曲。Jay-Zの語りとAlicia Keysのピアノが、ブルックリン育ちの一人の男の自伝を、都市そのものの讃歌へと押し上げた。9.11後の傷とリーマンショック後の不安を抱えたまま、ニューヨークは「それでもここはコンクリートのジャングルで、夢が作られる場所だ」と宣言した。Frank Sinatraの「New York, New York」以来、都市が自らの主題歌を更新した稀有な瞬間である。

フック:武道館の天井から見えた地平線

2010年、Jay-Zが武道館のステージに立ったとき、観客の多くがすでに「Empire State of Mind」のサビを英語で歌えた。渋谷タワーレコードのヒップホップ棚では、Blueprint 3が長期にわたって平積みされ、下北沢の小箱クラブのDJたちはアフターアワーズの締めにこの曲を選んだ。日本でヒップホップが「アメリカの黒人カルチャー」という他者性を保ったままチャート上位に届くのは珍しい。だがこの曲は、ジャンルの壁を超えた。都市賛歌としての普遍性が、東京の若者にも刺さったのだ。

なぜ、ブルックリンのマーシー団地で育ったラッパーの自伝的な一曲が、太平洋の向こう側のリスナーの胸にも届いたのか。その答えを探るには、2009年という年がニューヨークにとって、そしてポピュラー音楽にとって何を意味していたかを丁寧にほぐしていく必要がある。

背景:傷ついた都市の自己再定義

2009年のニューヨークは、二重の影の中にあった。一つは2001年9月11日のテロからまだ完全には抜け出せていない精神的な傷。もう一つは前年2008年のリーマン・ショックで揺らいだ金融街への信頼。観光客の足は戻りつつあったが、街の自尊心は明らかに低下していた。

そんな時期に、二人のアーティストの手元に楽曲の種があった。プロデューサーチームのES Posthumus、そしてAngela HuntsmanとJanet "Jnay" Sewellという無名のソングライターによって書かれた原型は、もともとAlicia Keysのために作られたという話もあるが、最終的にはJay-Zのマネジメントを通じて彼の手に渡った。Jay-Zはサビをそのままに、自分のヴァースを全面的に書き直し、ブルックリンからマンハッタンへと這い上がった自らの軌跡を都市の風景に重ね合わせた。

レコーディングにはAlicia Keysが招かれた。彼女はManhattan生まれ、Hell's Kitchen育ちのニューヨーカーだ。アップタウンの黒人とプエルトリコ系のコミュニティで培われた彼女の声は、Jay-Zの語りに対する「もう一つのニューヨーク」を提示する。男性的なヒップホップの自伝に、コスモポリタンな女性の合唱が重なる構造は、この曲が単なる一人の英雄譚を超える鍵となった。

楽曲は2009年10月にシングルカット。Billboard Hot 100で5週間1位を記録し、Jay-Zにとって初の単独名義(フィーチャリングはあるが)でのチャートトップとなった。同年11月のヤンキースのワールドシリーズ優勝祝賀パレードで演奏され、街の公式テーマソングへと格上げされた。さらに翌2010年のスーパーボウル前のパフォーマンスで、二人はこの曲を全米に向けて演奏し、国家規模の象徴へと押し上げられた。

本当の意味:都市と個人の重なりあう自伝

「Empire State of Mind」を表面的に聴けば、ニューヨーク賛歌である。ブロードウェイ、Yankees、Statue of Liberty——観光客が知るランドマークが次々と現れる。だが、Jay-Zが書いたのはトラベルガイドではない。彼が描いたのは、街の輝かしい表側と、そこに到達するために通過しなければならなかった裏側の地続きの地形だ。

ブルックリンのマーシー団地で育ち、10代でクラックを売り、ラップを始め、自分のレーベルRoc-A-Fellaを立ち上げ、Def Jamの社長を経て、文化的アイコンとなった男。その軌跡そのものがニューヨークという都市のメリトクラシー神話と重なる。「ここでなら、誰でも何者かになれる」という古い約束を、Jay-Zは自分の身体で証明した存在として歌っている。

しかし注意深く聴けば、この曲は単純な成功譚ではない。歌詞には麻薬の影、警察、ストリートの暴力への言及が散りばめられている。コンクリートのジャングルは美しいだけではない。夢が作られる場所は、同時に夢が砕かれる場所でもある。Jay-Zが提示するのは、その両義性を抱え込んだ街の姿だ。

Alicia Keysのサビは、Jay-Zの硬質な語りに対して、もっと柔らかい、ほとんど祈りに近い質感を持っている。彼女が歌うのは、街そのものへの愛だ。光に照らされるビルディング、ストリートの熱気、そこで生きる人々の鼓動。彼女の声は、Jay-Zが描いた厳しい風景に、もう一度ロマンスを取り戻す機能を果たしている。

二人の対話は、ヒップホップにおける男性の自伝とR&Bにおける女性のメロディの伝統的な役割分担を踏襲しながら、それを街の集合的なナラティブへと拡張している。「俺の話」が「私たちの話」へ、そして「この街の話」へと開かれていく。この構造的な巧みさが、楽曲を単なるヒット曲から都市の頌歌へと押し上げた。

日本のリスナーのための文化的文脈

日本のリスナーがこの曲を聴くとき、いくつかの文化的レイヤーを理解するとさらに豊かになる。

第一に、ヒップホップにおける「出自を語る」という伝統。ヒップホップは70年代後半のブロンクスで生まれて以来、「どこから来たか」を語ることをジャンルの核としてきた。Nasの「N.Y. State of Mind」(1994年)はその代表例であり、Jay-Zの「Empire State of Mind」のタイトルはこの先行作品への明白なオマージュである。Nasが90年代初頭の荒廃したクイーンズの団地から見たニューヨークを描いたのに対し、Jay-Zは2000年代後半の、成功者の視点から街を再訪している。同じ街、異なる高度。この対比を意識すると曲の奥行きが立ち上がる。

第二に、「New York, New York」というアメリカ的なジャンルそのもの。Frank Sinatra版(1980年)、Liza Minnelli版(1977年、映画『ニューヨーク・ニューヨーク』)に代表される、ブロードウェイ的なニューヨーク賛歌の系譜がある。Jay-Zの曲はこの系譜のヒップホップ版アップデートとして機能している。実際、2009年のヤンキースタジアムでこの曲が試合後の定番Sinatra曲を一時的に置き換える現象が起きたことは、世代交代の象徴的な出来事だった。

第三に、Alicia Keysの存在の意味。彼女はジュリアード音楽院で学んだクラシック・ピアノの素養を持ち、R&Bとソウルの伝統を継承するアーティストである。日本では『Songs in A Minor』(2001年)のヒット以来、洗練された都会的R&Bの代名詞として認識されてきた。彼女がJay-Zの隣に立つことで、ヒップホップのストリート性と、洗練されたコスモポリタニズムが一つの曲の中で握手する。この二重性が、ヒップホップに距離感のあったリスナーにも入口を開いた。

第四に、9.11以降のニューヨーク表象の文脈。日本でも『SATC(Sex and the City)』や『GOSSIP GIRL』などのドラマを通じて、2000年代のニューヨークは「再び輝く街」として再構築されていた。Empire State of Mindは、その再構築の音楽的な総決算として機能した。映像と音楽が呼応しながら、傷ついた街を再び世界の中心へと位置付け直す作業が、ポップカルチャー全体で進行していたのだ。

今日、なぜ響くのか

この曲がリリースされてから15年以上が経つ。それでもなお、サウンドトラックや結婚式、卒業式、スポーツの試合で繰り返し使われる。なぜか。

一つには、都市賛歌としての普遍性がある。ニューヨークという固有名詞を歌っているにもかかわらず、この曲は「自分が選んだ街で何者かになろうとする」すべての人の物語として受け取られる構造を持っている。東京で、上海で、ソウルで、ロンドンで、若者たちが地方から出てきて自分の名前を作ろうとするとき、この曲のサビは普遍的な応援歌になる。

もう一つは、ピアノのフックの持つ親密さである。プロデューサーのAl Shux(Alexander Shuckburgh)が組み立てたこのピアノループは、シンプルでありながら強い感情を喚起する。ヒップホップにありがちな攻撃的なサウンドではなく、むしろメランコリックで、ノスタルジックですらある。この感情の質が、年月を経ても古びない理由の一つだろう。

さらに、Jay-Z自身のキャリアにとってこの曲が持つ意味も大きい。彼は40歳手前で、ストリート出身のラッパーから文化的に正統性を持つアイコンへと完全に脱皮した。その変容を、自分の街への愛として歌うことで成立させた。後にBeyoncéとの結婚生活、Tidalの立ち上げ、SC Holdingsの拡大など、彼が辿った起業家としての道筋は、すべてこの曲で示された「街と個人の重なり」という構図の上に展開されている。

そして2020年代に入って、リモートワークの普及やパンデミックによる都市離れの議論が起きたとき、この曲はもう一度別の意味を帯び始めた。「都市に住むこと」の意味が問い直される時代に、なぜ人は街に集まるのか、その答えの一つを2009年のこの曲は提示していた。コンクリートのジャングルは、ただの空間ではなく、夢の生産装置である——その主張は、リモート時代になおさら鋭く響く。

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